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ヘンナー・デッキスキーの変なCOJ講座

COJに関するあれこれを独自の勘違いと独自の見当違いで語っていくブログ。

デッキ構築論・オリジナルデッキ作成編

さて、色々語ってきたわけですがそろそろ言いたいことを言おうと思ってこの話題。
ちなみに構築論自体はまだまだ続けます、一区切りって感じです。

オリジナルデッキは構築可能なのか?
恐らく最前線に立てるデッキを構築するのはほぼ不可能である、少なくとも独力では無理だろう。
自分が考えたデッキは他の誰かも考えている、間違いなく絶対に。

オリジナルであるだけなら可能だろうとは思うが、勝てないデッキをデッキと呼ぶ人はいないんじゃないだろうか、人はそれを紙束と呼ぶはずだ。
ついでに言えばその紙束でさえ誰かがすでに試している、弱かったから表に出て来ないだけで。

じゃあ強かったらいい?
バカを言っちゃいけない、先人達が積み上げてきた知識と経験の集大成が既存の強いとされるデッキ群なんだから、そこに個人が考えた程度のデッキで勝てるなんて甘いゲームではない。

そりゃもちろん環境とデッキが上手く噛み合えば勝てる時はあるだろうけど、どんな環境でも一定数いる赤黄・珍獣・ハンデスを見ながらそれ以外のデッキが出てきても勝率をそれらと同レベルで出せるのか?という話。

少なくとも私には無理だった、何をどうやってもどこまで真剣に考えてもどんなに細かなシーンまでイメージしても、私のタバコで萎縮してしまった脳では既存のデッキに近づいていくだけで、オリジナリティのある構築は不可能だった。

そう、既存のデッキにどんどん近づいていってしまい、そして最終的にテンプレデッキを少し変えただけのデッキが完成してしまう。
赤黄に限らず、ハンデス珍獣侍魔導士海洋レベコンに、ワンショット系でさえも。

コンボやギミック自体は色々と思いつく、でもそれをよく考えて結果だけを残してみると、既存のデッキのほうがより少ない枚数で大きなアドバンテージを取れたりする。
スマートに、スムーズに、シンプルに。

そこにオリジナリティを追加すると、それは途端に紙束と化す、ごく自然に当たり前のように。

私達がオリジナルだと思って作り上げるデッキは、偉大な先人達が過去に歩んだ軌跡でしかない。
それも失敗の軌跡だろう。

オリジナルを考える意味は無いのか
ある、間違いなく。
例えば現実世界でも、誰かの失敗談を聞いていたにも関わらず同じミスをしてしまったとか、誰かの成功体験を真似してみたのに何故か失敗してしまったとか、よくある話だと思う。

経験とは何事にも勝る勉強である。

そして失敗したからもうやめた、となるのは早計すぎる。
何故なら先人達が、何故失敗したのかを知っているからだ。
現実においてもCOJにおいてもそれは同じだろうと思う。

そこに先人達がいなかった場合、何故失敗したのかわかるまでに時間がかかる、もしくはわからないままそこで終わらせてしまうだろう。

だが感謝すべきことに何故ダメだったかを知っている人がいて、ブログやツイッターで内容を語ってくれていたりする。
なんならほぼ同時期に自分の発想と似たコンセプトのデッキを公開してくれる人もいる。
リアルタイムで良い点ダメな点を知ることが出来るのは間違いなく参考になるだろう。

そうやってオリジナルだと思っていたデッキを使い誰かの軌跡を辿っていると、所謂テンプレと呼ばれているデッキ群の見方が変わってくるハズだ。
高い完成度を誇る最前線のデッキ群が何故最前線に立ち続けていることが出来るのか、それを感覚的なぼんやりとしたものではなく知識と経験によって具体的に認識した時、プレイヤーとしてのランクが上がる。

もちろん最初からプレイヤー自身のランクが高くあることが理想だが、私を含めて大多数の人間はそうでは無いだろう。
だがそうやって少しずつでも高めていくことは出来る。
そして高い位置に来たからこそ、見えてくる意外な弱点もあったりする。

その弱点を補うようにカードを入れ替え、各々が調整を繰り返しさらなる研究が行われ、やがて抽出される要素は新たなデッキの可能性を生み出していく。
要素だけを抽出し、それが集まり、固まり、大きくなった時に新たなデッキタイプが生み出されるのだ。

だがこの新たなデッキタイプが必ずしもオリジナリティ溢れるものとは限らない。
既存のコンボやギミックを組み合わせただけかもしれないし、目的が違うだけで内容は既存のデッキと大差が無いデッキかもしれない。

だがこの新タイプ開発に至ることができるのは、様々なカードを試して色々な経験を積んでオリジナルなデッキを作ろうとしてきたプレイヤー達が情報を出し続けたからだろう。
オリジナルを作るために試行錯誤を繰り返し、情報を発信し続けていればいつか誰かが新タイプを生み出すキッカケになるだろう。
その誰かは自分かもしれないし、どこかの名前も知らない他人かもしれないが。

まとめ
完璧な強いオリジナルを作るのは無理。
アーキタイプは実践と情報収集の果てに生み出される。
そこには色々試してみる人達の存在が必須。
経験は最高の勉強

こんなところかな。
今回一番言いたかったのはこれ。
自分が考えたことは他の誰かも考えている
ではまた会いましょう。